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最終更新日 2018年07月31日 


◆ 古文

 
百人一首第22句 2018年07月31日(火) 23時11分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第二十二句

[ 歌 ]
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ

[ かな ]
ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ

[ よみ ]
ふくからに あきのくさきの しおるれば むべやまかぜを あらしというらん

[ 現代語訳 ]
山風が吹くのと同時に秋の草や木がしおれるので、なるほど、だから「山風」を「嵐(荒らし)」と呼ぶのだろう

[ 品詞分解 ]
吹く/からに【カ行四段動詞「吹く」連体形+接続助詞】   秋【名詞】 の【格助詞】 草木【名詞】 の【格助詞】   しをるれ/ば【ラ行下二段活用動詞「しをる」已然形+接続助詞】   むべ【副詞】 山風【名詞】 を【格助詞】   あらし【名詞】 と【格助詞】 いふ/らむ【ハ行四段活用動詞「いふ」終止形+現在推量の助動詞「らむ」終止形】

[ 文法 ]
・「あらし」は「嵐」と「荒らし」の掛詞

[ 読み人 ]
文屋康秀(ふんやのやすひで) [男性]

平安時代前期の歌人。六歌仙の一人。文琳(ぶんりん)とも呼ばれた。古今集や後撰集にその歌が伝わっている。百人一首第九首を詠んだ小野小町とも親交があったようだ。

[ 決まり字 ]
1字

[ 解説 ]
「嵐」という漢字の成り立ちを「山」と「風」に分けて考え、「山」から吹き下ろす「風」が草木を「あらし」てしまうので、なるほど、山風と書いて嵐と言うのだとする、いわば言葉遊びの歌である。作者はこのような言葉遊びに強かったようである。
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百人一首第21句 2017年12月28日(木) 23時10分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第二一句

[ 歌 ]
今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

[ かな ]
いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな

[ よみ ]
いまこんと いいしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな

[ 現代語訳 ]
「今すぐ来よう」と(あなたが)言ったばっかりに、9月の夜明け頃の月が出るまで待ってしまったのですよ

[ 品詞分解 ]
今【名詞】 来/む【カ行変格活用動詞「来」未然形+意志・推量の助動詞「む」連体形】 と【格助詞】  言ひ/し【ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形+過去の助動詞「き」連体形】 ばかり【副助詞】 に【格助詞】  長月【名詞】 の【格助詞】  有明の月【名詞】 を【格助詞】  待ち出で/つる/かな【ダ行下二段活用動詞「待ち出づ」連用形+完了の助動詞「つ」連体形+詠嘆の終助詞「かな」】

[ 文法 ]
・「来」はカ行変格活用動詞。「来」のみでは活用形が分からないので付属する助動詞から判断する。「む」は未然形に接続するので今回は未然形。

[ 読み人 ]
素性法師(そせいほうし) [男性]

平安時代の歌人で三十六歌仙の一人。百人一首第12句目に取り上げられている僧正遍昭の息子である。出家した父の影響もあってか、当初は宮仕えをしたものの、後に出家している。

[ 決まり字 ]
3字

[ 解説 ]
愛する人が「すぐに来よう」と言ったのに、結局来てくれないという待ちぼうけの様子を詠んだ歌。平安時代は男性が女性の元へ通う「通い婚」が一般的であったので、この歌は、男性である素性法師が女性になりきって詠んだ歌である。有明の月とは夜が明けても空に残っている月のことで、つまり、愛する人を一晩中待って、遂に夜が明けてしまった様子を表している。また、長月は旧暦で9月を指し、日がだんだんと短くなって夜が長くなる頃であるから、その秋の夜長に愛する人を待つというのは余計に長く感じるだろうということも読み取れる。

 
百人一首第20句 2017年11月30日(木) 23時53分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第二十句

[ 歌 ]
わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても あはむとぞ思ふ

[ かな ]
わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ

[ よみ ]
わびぬれば いまはたおなじ なにわなる みをつくしても あわんとぞおもう

[ 現代語訳 ]
(愛するあなたに会うことが出来ず)つらく思っているので、今はもう(身が絶えてしまったのと)同じことだ。大阪にある澪標の名前のようにこの身を絶やしてでも(あなたに)あおうと思う。

[ 品詞分解 ]
わび/ぬれ/ば【バ行上二段活用動詞「わぶ」連用形+完了の助動詞「ぬ」已然形+接続助詞】  今【名詞】 はた【副詞】 同じ【シク活用形容詞「同じ」終止形】  難波【名詞】 なる【存在の助動詞「なり」連体形】  み【名詞】 を【格助詞】 つくし/て【サ行四段活用動詞「つくす」連用形+接続助詞】 も【係助詞】  あは/む【ハ行四段活用動詞「あふ」未然形+意志・推量の助動詞「む」連体形】 と【格助詞】 ぞ【係助詞】 思ふ【ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形】

[ 文法 ]
・「同じ」でいったん文が切れる二句切れ。
・「難波」と「みをつくし」は縁語。
・「難波なる」の「なる」は「難波に存在する○○」という意味を表す存在の助動詞
・「みをつくし」は「身を尽くし(身を滅ぼし)」と「澪標」のかけことば。
・「あはむとぞおもふ」は係り結び。「ぞ」でかかって「思ふ」で結ぶ。よって「思ふ」は連体形。

[ 読み人 ]
元良親王(もとよししんのう) [男性]

陽成天皇の第一皇子。 平安時代に生きた好色の男性として知られる。大和物語や今昔物語、徒然草にも登場し、恋の歌が数多く残っている和歌の名手でもある。百人一首にも第20句として恋の歌が取り上げられている。

[ 決まり字 ]
2字

[ 解説 ]
宇多上皇の御息所であった藤原褒子(ふじわらの ほうし)への思いを歌った歌。元良親王は褒子と恋愛関係にあったが、そのことが上皇の知る所となって会うことが出来なくなってしまい、そのつらい気持ちを歌にしている。「澪標」と「身を尽くし」の掛詞は和歌に良く用いられ、抑えることの出来ない強い愛の気持ちを表現している。

 
箱根八里 2017年09月30日(土) 22時39分  
箱根の山は天下の険…

と、歌い出しからなかなか難解な日本語で始まる「箱根八里」と言う曲ですが…
…え、知らない?

ちょっと前までは学校で良く歌われたようですが、最近は殆ど歌われなくなってしまいました。
かくいう私も学校で習ったことはありません。

この歌、全体的に文語調なので難しいのですが、特に皆さんが勘違いしていそうなのが

かくこそありしか 往時の武士

と言う部分です。皆さん、現代語訳するならどのように訳しますか?

 
夏は来ぬ 2017年08月23日(水) 02時22分  

その曲の歌詞の意味、正しく言えますか?という記事です。

2017年。今年の8月前半はすっきりしない天気が続いていました。
夏と言うより梅雨でしたね。夏なんてこなかったんじゃないかという感じでした。
当然、夏が来ないことなんてあり得ないんですが(笑)

さて「夏は来ぬ」という曲があります。「なつはきぬ」と歌います。
この「来」はカ行変格活用の動詞「こ」「き」「く」…と色々活用します。
今回のコレは「連用形」ですね。従って「き」と読みます。

なぜなら…
1.「夏は来ぬ…」で歌詞が終わっているので「ぬ」は言い切りの形、つまり終止形で、
2.その終止形の「ぬ」と言えば「完了の助動詞」の「ぬ」であり、
3.そしてこの「ぬ」の直前につく用言は「連用形」だから、
です。「ぬ」には打消の助動詞「ず」連体形の「ぬ」もあるので注意です。

つまりは「夏が来た」と言う意味になります。
「夏は木綿豆腐よりも絹ごし豆腐が美味しい」という意味ではありません。

小学校や中学校で習う歌にも古文調のものがいくつかありますが、古文の文法を本格的に習うのは高校生からなので、歌の意味を正しく理解することが難しいことがあります。音楽の授業と古典の授業を融合させられたら面白いんですけどね。

実は歌詞の意味を間違って覚えていた…と言う例は多そうな気がします。こういった事例を集めて紹介できたら面白いかも。



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