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最終更新日 2017年02月27日 


◆ 古文

 
百人一首第18句 2017年01月31日(火) 21時44分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第十八句

[ 歌 ]
住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ

[ かな ]
すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひじ ひとめよくらむ

[ よみ ]
すみのえの きしによるなみ よるさえや ゆめのかよいじ ひとめよくらむ

[ 現代語訳 ]
住の江(今の大阪市住吉区の辺りの海岸)に寄る波の「よる」という言葉のように、(昼間に人目が気になって会いにこられないのは仕方ないにしても、人目につきにくい)夜までも、夢の中で(あなたは)人目を避けている(私に会いに来てくれない)のだろうか

[ 品詞分解 ]
住の江【名詞】 の【格助詞】 岸【名詞】 に【格助詞】 寄る【ラ行四段活用動詞「寄る」連体形】 波【名詞】 よる【名詞】 さへ【副助詞】 や【係助詞】 夢【名詞】 の【格助詞】 通ひ路【名詞】 人目【名詞】 よく/らむ【カ行四段活用動詞「よく」終止形+現在推量の助動詞「らむ」終止形】


[ 文法 ]
・「住の江の岸に寄る波」は「よる(夜)」を導く序詞
・「よるさへや」の「さへ」は「~までも」の意の副助詞。「(昼だけでなく=昼に付け加えて)夜までも」というように添加の意を表す。

[ 読み人 ]
藤原敏行朝臣(ふじはらのとしゆきあそん)
平安前期の歌人で三十六歌仙のひとり。歌に加えて書道にも通じていた。百人一首にあげられた歌の他にも「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かされぬる(秋が来たと目にははっきり見えないけれども風の音に(秋が来たと)自然に気付かされる)」などの有名な歌を詠んでいる。

[ 決まり字 ]
1字

[ 解説 ]
 現実にも会いに来てくれないし、夢の中でも会いに来てくれない愛しい人への思いを詠んだ歌。平安時代は結婚しても男女が共に住まず、男が女の元へ通う「通い婚」が通常であった。作者は男性であるので通う側であるが、この歌は、会いに来てくれない男を待つ女の側の気持ちになって詠んだ歌である。
 平安時代には「自分のことを思ってくれている人が夢に出てくる」と信じられており、夢にも出てきてくれないというのは、つまり自分のことを気に掛けていてくれないということで、待つ側の女性としては非常につらいことだったようである。
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百人一首第17句 2016年10月31日(月) 23時55分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第十七句

[ 歌 ]
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは



 
百人一首第16句 2016年08月21日(日) 21時19分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第十六句

[ 歌 ]
立ち別れ 因幡の山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む



 
筑波山 2016年06月30日(木) 23時55分  
今日は茨城県にそびえる山、筑波山をご紹介します。

百人一首に収録されている一句

筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

に出てくる筑波嶺のことです。
この歌の解説はこちらに掲載してありますのでよろしければご覧ください。



↑こんな感じの山です。これは筑波山の南側から眺めたところ。
男体山(なんたいさん)と女体山(にょたいさん)の2つの山で構成されており、
2つあわせて筑波山です。ちなみに写真では左が男体山、右が女体山です。
高さは男体山が870m、女体山が877mで、女体山の方がちょっとだけ高いです。



もうひとつ、先ほどの歌には「男女川(みなのがわ)」という川が出てきますが、
こちらもちゃんと存在しています。

百人一首がつくられた頃の日本の中心は関西地方で、しかも今のように交通や通信網が発達していませんから、その当時の作品に関東の地名が登場することは比較的少ないのですが、筑波山は
男女が寄り添うようにも見える2つの嶺と、未婚の男女が集まって恋の歌を送り合う「歌垣(うたがき)」という地元に伝わる風習から、恋の歌に読まれることが多かったようです。

ロープウェイやケーブルカーで簡単に登ることができますし、周囲の眺めも素晴らしいので、皆さんも是非一度訪れてみてください。

 
百人一首第15句 2016年05月31日(火) 20時45分  

このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第十五句

[ 歌 ]
君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ

[ かな ]
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

[ よみ ]
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

[ 現代語訳 ]
あなたのために 春の野原に出て 若菜を摘む 私の袖に 雪は降ることよ

[ 品詞分解 ]
君【名詞】 が【格助詞】 ため【名詞】 春【名詞】 の【格助詞】 野【名詞】 に【格助詞】 出で/て【ダ行下二段活用動詞「出づ」連用形+接続助詞】 若菜【名詞】 摘む【マ行四段活用動詞「摘む」終止形】  我【名詞】 が【格助詞】 衣手【名詞】 に【格助詞】  雪【名詞】 は【係助詞】 降り/つつ【ラ行四段活用動詞「降る」連用形+接続助詞】

[ 文法 ]
・「降りつつ」の「つつ」は「~し続けている」という物事が継続している状態を表す接続助詞だが、和歌の最後に用いられる場合は、作者がその場面にしみじみと感じ入っている様子(余韻、余情)を表し、「~し続けているなあ」と「~し続けていることよ」などと訳す。

[ 読み人 ]
光孝天皇(こうこうてんのう)
平安時代前期の天皇。仁和の帝、小松の帝とも呼ばれた。55歳という当時としては高齢で即位し、その後わずか3年ほどで崩御(天皇などがお亡くなりになること)されている。即位までの生活を引き継ぎ、即位してからも質素な生活をしていたようだ。政治的な判断は全て藤原家に任せていたという。関白政治の始まりである。

[ 決まり字 ]
6字

[ 解説 ]
作者が摘んでいる「若菜」とは、当時、正月7日に食べると健康でいられると言われていた芹などのことで、現在の七草がゆに通じるものである。春の訪れが感じられる若菜の緑に、冬の名残の白い雪の対比が美しく感じられる歌である。作者が誰のために若菜を摘んでいたのかは残念ながら分からない。しかし、雪の降るまだ寒い中、自ら外へ出て摘んだのであるから、とても大切な人への贈り物だったに違いない。



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