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最終更新日 2026年06月30日 


 

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未然連用終止連体已然命令 2014年09月29日(月) 23時23分  
未然連用終止連体已然命令… これ、すなわち古文において活用がある単語(思は…ず、思ひ…て等語尾が変化する単語)の活用の種類です。古文を習い始めると必ず出てきます。有無を言わさず呪文のように覚えさせられる所でもあります。ただ、まぁそれなりに意味のある名前なので、言葉の意味を考えて覚えた方が楽かも知れません。
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清少納言…さん? 2014年08月29日(金) 01時19分  
いっこ前の記事で清少納言という名前が出てきました。
「せいしょうなごん」と読み、清少納言て「清少」が名字で「納言」が名前で、は、ありませんよ?

読みは「せいしょうなごん」で正解ですが、清が(おそらく)名字で、少納言は役職の名前です。清少納言が少納言を務めたというわけではなく、近親の男性で少納言を務めた人が居たようですね。どういう血縁関係の人かは分かってないらしいですけれど。

そもそも、清少納言は宮廷でお仕えする時に名乗るもの(女房名と言う)で本名ではないのです。正しい名字は清原さんだったとか。で、清少納言の本名は実は伝わって無くて不明とか。枕草子の作者として、ペンネームの方が有名になってしまったようですね。

以上、古文の問題をとく為の知識としては覚えておく必要はないと思いますが、知っておくと何かに使えるかも知れません。あ、「少納言」が役職の名前というのは知っておくと古文の中にその単語が出てきたときに読解の助けになるかも知れません。



 
伏見稲荷へ行ってきました 2014年07月31日(木) 11時30分  
先日、京都の伏見稲荷へ行って参りました。

7月には本宮祭(もとみやさい)という大きなお祭りがあります。
人がいっぱいで身動きが取れないほどの所もありましたが、
並んだ石灯籠や提灯がとても美しく、楽しむことが出来ました。



伏見稲荷は古典文学の中にもたまに出てきます。
有名な所では枕草子でしょうか。
清少納言もお参りしたようですね。

中のみやしろのほどわりなうくるしき
(中のお社の辺りはめちゃくちゃにくるしい)

と書いています。
実際階段が続いてかなり登るのでつらいです。
全部廻ると3時間くらい掛かるようで。
今回は時間が無くて行けませんでしたが、いつか全部巡ってみたいものです。




 
百人一首第10句 2014年06月29日(日) 22時52分  
第一句から十句までで二年以上かかった…このペースだと百句やるまで二十年以上掛かる…うーん…。

[ 歌 ]
第十句 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
蝉丸(せみまる)


[ 現代語訳 ]
これがあの、京都から出て行く人も帰ってくる人も、知っている人も知らない人も、別れてはまた会うという逢坂の関なのだなあ


[ 品詞分解 ]
これ/や/こ/の【名詞+感動詞+名詞+格助詞】 行く【カ行四段活用動詞「行く」連体形】 も【係助詞】 帰る【ラ行四段活用動詞「帰る」連体形】 も【係助詞】 別れ/て【ラ行下二段活用動詞「別る」連用形+接続助詞】 は【係助詞】 知る【ラ行四段活用動詞「知る」連体形】 も【係助詞】 知ら/ぬ【ラ行四段活用動詞「知る」未然形+打消の助動詞「ず」連体形】 も【係助詞】 逢坂の関【名詞】


[ 文法 ]
・「これやこの」は品詞分解すれば「これ/や/こ/の【名詞+感動詞+名詞+格助詞】」となるが、全体で「これがあの~なのだなあ」という詠歎の気持ちを表す慣用句である。「や」は感動、詠歎を表す間投助詞。
・「行くも帰るも」と「知るも知らぬも」は対句。
・逢坂(あふさかと書き、おおさかと読む)の関は「逢ふ」と「逢坂」の掛詞。
・「逢坂の関」で体言止め


[ 読み人 ]

蝉丸
 詳しいことは良く解っていないが、平安時代前期に生き、歌にも出てくる逢坂の関の近くに住んでいたようだ。琵琶(楽器の一種)の名人でもあったようである。


[ 決まり字 ]

2字


[ 解説 ]
多くの人が行き交う逢坂の関を思い、その出会いや別れに思いをはせる歌である。逢坂の関は今の京都府と滋賀県の境目にあった。平安時代の人々はここを通って東国へと旅立っていった。ちなみに東国とは京都よりも東の地方を指す総称。平安京を中心と考えていたので、それより東と言うことでそう呼ばれていた。この歌もそうであるが、「あふさかのせき(逢坂の関)」と「あふ(逢ふ)」が掛詞として非常に使いやすく、また、東国へ向かう交通の要所であったことから多くの出会いや別れがあったことは想像に難くなく、そのような場面を連想しやすかったからか、逢坂の関は多くの歌に詠まれている名所である。現在でも交通の要所で、国道一号線や東名高速道路はこの周辺を通過している。東海道線や東海道新幹線と言った鉄道も、トンネルでではあるがこの周辺を通過している。残念ながら前記の道路建設などのため地形が変わっており、当時の関所があった場所は定かではない。ただ、関のあったと思われる付近には現在、蝉丸神社という神社があり、蝉丸が神として祀られている。

 
列車到着しております。 2014年05月30日(金) 23時57分  
ホームを歩いている人向けに電車の接近への注意を促す放送で、

「電車到着しております。ご注意下さい。」

というような放送を聞いたことはありませんか? つまりは、

「電車がホームにさしかかっている」という状態に対しての注意なのですが、

到着している」 と言う表現に何となく違和感を感じます。

どういう事かと言いますと…
駅に既に電車が着いて停まっている状態を「到着している」と表現するなら分かりますが、
「到着する」は着いた瞬間ただ一点を表すので、「ている」をつけても動作の進行を表さない、
と思うのですよ。

金田一春彦さんという偉い人に言わせると、「瞬間動詞」と呼ばれるものです。

正しく言うなら
「電車が接近しております」のように違う表現を使うか、
「電車が到着しかけております」のように補助動詞を補うべきだと思います。

ま、意味は伝わってるので用は為してると思いますが。



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