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最終更新日 2026年06月30日 


◆ 古文

 
百人一首第44句 2026年06月30日(火) 23時59分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。
[ 番号 ]
第四十四句

[ 歌 ] 
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

[ かな ]
あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし

[ よみ ]
あうことの たえてしなくは なかなかに ひとおもみおも うらみざらまし

[ 現代語訳 ]
もしもあの人と私が全く会えないのならば、あの人のつれなさも、自分の運命も、恨むことは無いだろうに。

[ 品詞分解 ]
逢ふ【ハ行四段活用動詞「あふ」連体形】 こと【名詞】 の【格助詞】 絶えて【副詞】 し【強意の副助詞】 なく/は【ク活用形容詞未然形+接続助詞】 なかなかに【副詞】 人【名詞】 を【格助詞】 も【係助詞】 身【名詞】 を【格助詞】 も【係助詞】 恨み/ざら/まし【マ行上二段活用動詞「うらむ」未然形+打消の助動詞「ず」未然形+反実仮想の助動詞「まし」】

[ 文法 ]
・「絶えてしなくは」の「し」は強意の副助詞
・最後の「まし」は反実仮想の助動詞

[ 読み人 ]
中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ) [男性]
三十六歌仙の1人。歌のほか、笛などの名手でもあった。百人一首第25句の藤原定方を父に持つ。親子で百人一首に名を連ねており、それぞれ才能に長けていたようだ。

[ 決まり字 ]
3字

[ 解説 ]
恋の苦悩を歌った歌。もしあなたと一度も出会わなかったなら、あなたのことも、自分のつらい運命のことも恨まずに済んだだろうに。と、出会えた喜びよりも、その後に訪れた恋の苦しみの方が大きいという複雑な心情を表している。素敵な相手と出会えたこと自体は幸せなことであろうが、その後がうまくいかなければそれは苦しみの原因。こんなことならそもそも出会わなければ良かった。「人をも身をも」と並べることで、相手だけでなく、そのような恋をしてしまった自分自身まで恨みたくなるほどの切ない心情が歌われている。
なお、この歌の決まり字は3字であるが、百人一首の一覧表を見ると「あふ〜」から始まる歌はこの歌しかなく、文字だけ見ていると2字である。ただし、カルタで読まれる場合は「おおことの〜」と読まれるので、「おおえやま〜」や「おおけなく〜」と区別するため、3字まで聞く必要がある。
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なまず 2026年05月31日(日) 09時39分  
先日、自宅近くの用水路で一匹のナマズを見つけました。数日前の大雨で水かさが増していたため、どこか別の場所から流されてきたのでしょう。水位が下がった用水路の浅瀬で身動きが取れなくなっていました。このままでは弱ってしまうと思い、いったんバケツに入れて、水深のある場所まで移動させました。



ナマズは独特な姿をした魚ですが、日本人にとっては単なる魚以上の存在でもあります。特に「地震」との結び付きは古くから知られています。

江戸時代には、地中に巨大なナマズが住んでおり、それが暴れることで地震が起こると考えられていました。そのナマズを押さえつけているのが「要石(かなめいし)」です。現在でも、茨城県の鹿島神宮や千葉県の香取神宮には要石にまつわる伝承が残されています。

このナマズ信仰は文学や美術の世界にも大きな影響を与えました。とりわけ安政二年(一八五五年)に発生した安政江戸地震の後には、「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる版画が数多く作られました。そこには大暴れするナマズや、人々に懲らしめられるナマズ、さらには復興景気をもたらしたとして感謝されるナマズまで描かれています。当時の人々の不安や願い、世相を映し出す貴重な資料となっています。

古典文学の世界にも、地震や自然災害に対する人々の畏れはたびたび登場します。『方丈記』では、鴨長明が地震や火災などの災害を克明に記録し、人の世の無常を語りました。科学が発達していなかった時代、人々は災害の原因を知ることができませんでした。そのため、目に見えない自然の力を神や妖怪、そして巨大なナマズのような存在に託して理解しようとしたのでしょう。

もちろん、現代ではナマズ自身が地震を起こすとは考えられていません。しかし一方で、地震の前にナマズが普段と異なる行動を示すことがあるという説は昔から語られています。電気的な変化や微細な振動を感じ取っているのではないかとも言われますが、決定的な結論には至っていません。

用水路で見つけたナマズを眺めながら、ナマズと地震の伝説、それを考えた人々へと思いを馳せることとなりました。彼らもまた、このひげを生やした不思議な魚を見て、目に見えない大地の動きを想像していたのかもしれません。一匹のナマズとの思いがけない出会いは、古典文学や歴史の世界へと私の想像を広げてくれたのでした。

 
百人一首第43句 2025年11月30日(日) 21時50分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。

[ 番号 ]
第四十三句

[ 歌 ] 
逢ひ見ての 後の心に 比ぶれば 昔はものを 思はざりけり

[ かな ]
あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり

[ よみ ]
あいみての のちのこころに くらぶれば むかしわものを おもわざりけり

[ 現代語訳 ]
あなたと契りを結んだ後に比べれば、昔の私はあなたが愛しいと思っていなかったようなものだ(昔の思いなど思っていなかったのも同然と言えるくらいに、会ってみて尚愛しくなった)

[ 品詞分解 ]
逢ひ見/て【マ行上一段活用動詞「逢ひ見る」連用形+接続助詞】 の【格助詞】   後【名詞】 の【格助詞】 心【名詞】 に【格助詞】   比ぶれ/ば【バ行下二段活用動詞「比ぶ」已然形+接続助詞】   昔【名詞】 は【係助詞】 もの【名詞】 を【格助詞】   思は/ざり/けり【ハ行四段活用動詞「思ふ」未然形+打消の助動詞「ず」連用形+過去の助動詞「けり」終止形】

[ 文法 ]
・「見る」は現代でも使う動詞であるが、古文の世界では意味が広く、単に目にするだけではなく「会う」「結婚する」といった意味も持つ。

[ 読み人 ]
権中納言敦忠(ごんちゅうなごんあつただ) [男性]
権中納言は官職名で、苗字は藤原である。三十六歌仙の1人。官職としても出世したが短命であった。和歌や琵琶の力量に長けており、多くの歌が残されている。

[ 決まり字 ]
2字

[ 解説 ]
相手に対する深い恋心を詠んだ歌。平安時代の貴族の恋愛は、会う前に、手紙のやり取りから始まることが多かった。そして、実際に会ってみて、尚強くなった恋心を詠んだのがこの歌である。実際に会う段階は平安時代の貴族の恋愛においてはかなり進んだ状況で、この場合、「逢ひ見て」は、恋人同士の契りを交わすことを指す。実際は、逢う前にも相手を想っていたはずなのだが、実際に深い仲になった後の思いに比べれば、以前の悩みなど取るに足らなかったと、あとから振り返っている。恋が深まれば深まるほど、それに比例して深まる相手への思いを巧みに詠んだ歌である。

 
百人一首第42句 2025年10月31日(金) 22時57分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
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[ 番号 ]
第四十二句

[ 歌 ] 
ちぎりきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは

[ かな ]
ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すゑのまつやま なみこさじとは

[ よみ ] 
ちぎりきな かたみにそでお しぼりつつ すえのまつやま なみこさじとは

[ 現代語訳 ]
約束しましたよね、お互いに涙で濡れた袖を絞りながら。末の松山を波が越すことがないように、この愛も永遠であると。

[ 品詞分解 ]
ちぎり/き/な【ラ行四段活用動詞「ちぎる」連用形+過去の助動詞「き」終止形+終助詞】 かたみに【副詞】 袖【名詞】 を【格助詞】  しぼり/つつ【ラ行四段活用動詞「しぼる」連用形+接続助詞】  末の松山【名詞】  波【名詞】 越さ/じ/と【サ行四段活用動詞「越す」未然形+打消推量の助動詞「じ」終止形+格助詞】 は【係助詞】

[ 文法 ]
・初句切れ
・本来の文の順番は「かたみいに袖をしぼりつつちぎりきな」。倒置法。
・本歌取り。「君をおきて あだし心を 我がもたば 末の松山浪もこえなむ 」という古今和歌集の歌を本歌取りしている。「もし私が浮気心を持つなら、末の松山を波が超えてしまうだろう」という意味の歌だが、実際は、末の松山は海よりも高い場所であるため、波が超えることはありえない。つまり、浮気心を持つことなどあり得ないという歌である。このように約束したのに…と嘆いているのが今回の歌。本歌取りとは、元となる歌を知っていると更に深く歌を理解できる技巧である。

[ 読み人 ]
清原元輔(きよはらのもとすけ) [男性]
清少納言の父。三十六歌仙の1人。九州の地方官僚を長く務めており、80歳以上まで生きたという、当時としてはかなりの長寿であった。熊本に清原神社という神社があり、そこに祭られている。

[ 決まり字 ]
4字

[ 解説 ]
この場合の「ちぎり」とは2人で愛を誓う契り(約束)という意味で「約束しましたよね?」と、かつて誓いを交わしたことを歌の最初に確認している。「かたみに袖をしぼりつつ」は「お互いに(涙で濡れた)袖をしぼりながら」と言う意味で、別れがつらくて出た涙で袖が絞れるほどに濡れてしまっているという大げさな表現であるが、平安時代の和歌ではよく用いられている。「末の松山」は陸奥(宮城県)にある名所で、「波が越えない」と古くから詠まれてきた不変の象徴。その「波越さじとは」は、「波が越えないように、我らの契りも変わらない」と誓ったことを指しています。「あれほど固く誓ったのに、あなたの心は変わってしまったのですね」と、相手の裏切りを恨む恋の嘆きを詠んでいる。

 
鉄道唱歌 2025年05月31日(土) 22時54分  

♪汽笛一声新橋を…

…から始まる鉄道唱歌。沿線の名物や名所を歌い込んでおり、日本の地理の勉強になります。明治時代に作られたものなので多少古い部分もありますが(例えば大森駅の近くの梅園は既にない、など)、今でも十分に通用します。先の冒頭は東海道本線の沿線を歌ったものですが、九州や東北など、他のバージョンも存在します。

そして、文語調で歌われているので古文の勉強にもなりそうという、なかなか良い教材なのではないかと。これ、解説したら需要があるでしょうか?そういう書籍とかもうあるのかな?ご存知の方もしいらしたら教えて下さい。

とりあえず、今このブログでは百人一首の解説を少しずつ書いているので、それが終わったら鉄道唱歌をやってみてもいいのかなと思う次第です。



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