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最終更新日 2026年08月31日 


 

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奈良の都 2026年08月31日(月) 22時07分  


もう10年以上前のことになりますが、2010年、奈良へ旅行した際に、平城京の跡地を訪れました。写真を見返していたらその時の写真が出てきたのでご紹介。

当時、ちょうど遷都1300年の記念行事に向け、大極殿と呼ばれる建物が復元されたばかりで、鮮やかな朱色の建物を見ることが出来ました。国家の重要な儀式が執り行われる場所だったようです。広々とした史跡の中に建つ朱塗りの建物はとても美しく、また荘厳でした。

その時からだいぶ経ちますが、平城京跡はまだまだ復元整備の只中にあり、復元された建物もまだ一部で、これからさらに整備や復元が進み、工事もしばらく続くという話です。私はその後、平城京跡を訪れていません。現在はどのようになっているのでしょうか。きっと当時よりも新しい建物や区画が増え、さらに「古代の都」を感じられる場所になっているのではないかと思います。機会を見つけて、久しぶりに訪れてみたいものです。

平城京跡をめぐっては、近鉄の線路移設など、今後の整備に関わる不確定な要素もあります。史跡の保存と、現在の交通や地域の利便性をどう両立させるのかという難しい問題もあるのでしょう。今後どうなるのか、気になる所です。個人的には電車から史跡が眺められるのも、それはそれで良いかなと思います。

平城京はかつて日本の政治や文化の中心だった場所です。広大な史跡の中を歩きながら、1300年近く前の人々がここで暮らし、政治を行っていたことに思いを馳せるのは、なかなか貴重な体験です。
奈良を訪れる機会があれば、ぜひ平城京跡にも足を運んでみてください。今後も整備が進むことで、訪れるたびに新しい発見がある場所になるのではないでしょうか。

ちなみに、鹿がとてもかわいかったことも付け加えておきます。奈良といえば、やっぱり鹿ですね。遷都1300年のイメージキャラクターにも鹿の角が生えていました。今は懐かしき「せんとくん」。こちらは、かわいいかどうかも含め当時話題になっていました笑。



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再びの熊本地震 2026年07月31日(金) 06時17分  
平成28年の熊本地震から10年、再び熊本で大きな地震がありました。亡くなられた方のご冥福をお祈り致しますとともに、被災された皆様への御見舞いを申し上げます。

旅行好きなので、先の震災前、震災後を通じて、熊本へも何度か行ったことがあります。下の写真はその際に訪れた熊本城の写真です。壮大な石垣が印象的なお城ですが、前回の地震で崩壊した箇所が何箇所もあり、今も修復作業が続けられている中でした。まずは人命最優先ですが、再び美しい姿を見られることを願っております。


 
百人一首第44句 2026年06月30日(火) 23時59分  
このシリーズでは百人一首を順に解説していきます。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。
[ 番号 ]
第四十四句

[ 歌 ] 
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

[ かな ]
あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし

[ よみ ]
あうことの たえてしなくは なかなかに ひとおもみおも うらみざらまし

[ 現代語訳 ]
もしもあの人と私が全く会えないのならば、あの人のつれなさも、自分の運命も、恨むことは無いだろうに。

[ 品詞分解 ]
逢ふ【ハ行四段活用動詞「あふ」連体形】 こと【名詞】 の【格助詞】 絶えて【副詞】 し【強意の副助詞】 なく/は【ク活用形容詞未然形+接続助詞】 なかなかに【副詞】 人【名詞】 を【格助詞】 も【係助詞】 身【名詞】 を【格助詞】 も【係助詞】 恨み/ざら/まし【マ行上二段活用動詞「うらむ」未然形+打消の助動詞「ず」未然形+反実仮想の助動詞「まし」】

[ 文法 ]
・「絶えてしなくは」の「し」は強意の副助詞
・最後の「まし」は反実仮想の助動詞

[ 読み人 ]
中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ) [男性]
三十六歌仙の1人。歌のほか、笛などの名手でもあった。百人一首第25句の藤原定方を父に持つ。親子で百人一首に名を連ねており、それぞれ才能に長けていたようだ。

[ 決まり字 ]
3字

[ 解説 ]
恋の苦悩を歌った歌。もしあなたと一度も出会わなかったなら、あなたのことも、自分のつらい運命のことも恨まずに済んだだろうに。と、出会えた喜びよりも、その後に訪れた恋の苦しみの方が大きいという複雑な心情を表している。素敵な相手と出会えたこと自体は幸せなことであろうが、その後がうまくいかなければそれは苦しみの原因。こんなことならそもそも出会わなければ良かった。「人をも身をも」と並べることで、相手だけでなく、そのような恋をしてしまった自分自身まで恨みたくなるほどの切ない心情が歌われている。
なお、この歌の決まり字は3字であるが、百人一首の一覧表を見ると「あふ〜」から始まる歌はこの歌しかなく、文字だけ見ていると2字である。ただし、カルタで読まれる場合は「おおことの〜」と読まれるので、「おおえやま〜」や「おおけなく〜」と区別するため、3字まで聞く必要がある。

 
なまず 2026年05月31日(日) 09時39分  
先日、自宅近くの用水路で一匹のナマズを見つけました。数日前の大雨で水かさが増していたため、どこか別の場所から流されてきたのでしょう。水位が下がった用水路の浅瀬で身動きが取れなくなっていました。このままでは弱ってしまうと思い、いったんバケツに入れて、水深のある場所まで移動させました。



ナマズは独特な姿をした魚ですが、日本人にとっては単なる魚以上の存在でもあります。特に「地震」との結び付きは古くから知られています。

江戸時代には、地中に巨大なナマズが住んでおり、それが暴れることで地震が起こると考えられていました。そのナマズを押さえつけているのが「要石(かなめいし)」です。現在でも、茨城県の鹿島神宮や千葉県の香取神宮には要石にまつわる伝承が残されています。

このナマズ信仰は文学や美術の世界にも大きな影響を与えました。とりわけ安政二年(一八五五年)に発生した安政江戸地震の後には、「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる版画が数多く作られました。そこには大暴れするナマズや、人々に懲らしめられるナマズ、さらには復興景気をもたらしたとして感謝されるナマズまで描かれています。当時の人々の不安や願い、世相を映し出す貴重な資料となっています。

古典文学の世界にも、地震や自然災害に対する人々の畏れはたびたび登場します。『方丈記』では、鴨長明が地震や火災などの災害を克明に記録し、人の世の無常を語りました。科学が発達していなかった時代、人々は災害の原因を知ることができませんでした。そのため、目に見えない自然の力を神や妖怪、そして巨大なナマズのような存在に託して理解しようとしたのでしょう。

もちろん、現代ではナマズ自身が地震を起こすとは考えられていません。しかし一方で、地震の前にナマズが普段と異なる行動を示すことがあるという説は昔から語られています。電気的な変化や微細な振動を感じ取っているのではないかとも言われますが、決定的な結論には至っていません。

用水路で見つけたナマズを眺めながら、ナマズと地震の伝説、それを考えた人々へと思いを馳せることとなりました。彼らもまた、このひげを生やした不思議な魚を見て、目に見えない大地の動きを想像していたのかもしれません。一匹のナマズとの思いがけない出会いは、古典文学や歴史の世界へと私の想像を広げてくれたのでした。

 
ついたちめ 2026年04月30日(木) 21時55分  
日付において「1日、2日」は「ついたち、ふつか」と読みます。
しかし、「1日目」は「いちにちめ」と読み「ついたちめ」とは読みません。
「2日目」は「ふつかめ」と読みます。

1日前もついたちまえとは読まない。
2日前はふつかまえと読む。

……なぜ?

1日が日付を表す時だけ「ついたち」と読んで、24時間という意味になるときは「いちにち」のようです。調べてみると「ついたち」の語源が月が立つ(=新しい月が始まる)だからだそう。24時間という場合は月は関係ないのでついたちとは言わないそうな。

なるほどなぁ。と思った次第です。



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