[ 歌 ]
第八句 我が庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり
喜撰法師(きせんほうし)
[ 現代語訳 ]
私の住んでいる粗末な小屋は京都の東南にあり、そこでこのように(ひっそりと)住んでいるが、世間の人々は私が世の中をつらく思ってこの宇治山に隠れ住んでいると言っているようだ。
[ 品詞分解 ]
我【名詞】 が【格助詞】 庵【名詞】 は【係助詞】 都【名詞】 の【格助詞】 たつみ【名詞】 しか【副詞】 ぞ【係助詞】 住む【マ行四段活用動詞「住む」連体形】 世【名詞】 を【格助詞】 うぢ山【名詞】 と【格助詞】 人【名詞】 は【係助詞】 いふ/なり【ハ行四段活用動詞「いふ」終止形+伝聞・推定の助動詞「なり」終止形】
[ 文法 ]
・三句切れ。
・「しかぞ住む」の「ぞ」は係助詞。「住む」が連体形で結び。
・「うぢ山」は「憂し(つらい)」と「宇治(地名)」の掛詞
・最後の「いふなり」の「なり」は文法上は断定の助動詞と区別出来ない。意味から推定。
[ 読み人 ]
喜撰法師は六歌仙のひとりに数えられ、平安時代に生きた人物とされているが、詳細は不明。伝わる歌もいくつかあるが、確実に喜撰法師の作とされているのは、百人一首に選ばれたこの一首のみである。しかしながら、六歌仙のひとりに数えられているのだから、かなりの実力の持ち主であったことが伺える。
[ 決まり字 ]
3字
[ 解説 ]
文 法的に重要事項がいくつか含まれている歌。「しかぞ住む」は「鹿が住んでいるほどの田舎」という意味ではなく、「このような感じで住んでいる」という意味 と取る説が多いが、「しか」は「鹿」にも掛けていると見る説もある。「このような感じ」とは「都を離れて静かにひっそりと」という様子を想像していただき たい。「住む」は終止形と連体形の形が同じなので解りにくいが「ぞ」の結びなので連体形。「世をうぢ山」には「世を憂し」と「宇治山」との二重の意味を持 たせている。意味としては「世間を憂いて宇治山(に住んでいる)」となる。最後の「いふなり」は以下の二つの解釈が考えられる。
ハ行四段活用動詞「いふ」連体形+断定の助動詞「なり」終止形
ハ行四段活用動詞「いふ」終止形+伝聞・推定の助動詞「なり」終止形
前 者なら「言うのだ」なり後者なら「言うらしい」となるが、歌の意味から考えると、作者は都から離れた伊織に住んでおり、世間の人々が噂しているのを誰かか ら聞いたと考えるのが自然なので、断定ではなく伝聞の助動詞としておく。古今和歌六帖という他の歌集には「人の言うらむ」という、少し違った歌が伝わって おり、「言うらむ」であれば確実に伝聞であることから、百人一首のこの歌も伝聞と考えた方が良いだろう。
私はただ静かに住んでいるだけなのに、世間の人は私が世の中を憂えて都を離れた宇治の山へ住んでいると言っているようだ、私はそんなつもりはないのにねと世の中の人たちの噂に苦笑いしている作者の様子がうかがえる歌である。
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