このシリーズでは百人一首を順に解説しています。
ゆくゆくは百首全ての解説を目指します。
[ 歌 ]
第十一句 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまの釣船
参議 篁(さんぎ たかむら)
[ 現代語訳 ]
数多くの島々を目指して大海原へ漕ぎ出していったと(都の)人に伝えてくれ、漁師の釣り船よ
[ 品詞分解 ]
わたの原【名詞】 八十島【名詞】 かけ/て【ラ行下二段活用動詞「かく」連用形+接続助詞】 漕ぎ/出で/ぬ/と【ガ行四段活用動詞「漕ぐ」連用形+ダ行下二段活用動詞「出づ」連用形+完了の助動詞「ぬ」終止形+格助詞】 人【名詞】 に【格助詞】 は【係助詞】 告げよ【ガ行下二段活用動詞「告ぐ」命令形】 あま【名詞】 の【格助詞】 釣船【名詞】
[ 文法 ]
・四句切れ。
・釣り船を人に例えて伝言を頼んでいる(擬人法)。
・「あまの釣り船」で体言止め。
[ 読み人 ]
参議 篁
参議は役職の名。名字は小野と言う。学問に優れた人物であった。遣唐副使に任命され中国大陸に渡ることとなったが、大使の藤原常嗣の乗る予定だった船が壊れてしまい、篁の船と交換することになる。壊れた船に乗せられそうになった篁は常嗣との間で諍いとなり、結局乗船しなかった。そのことを咎められ隠岐に流罪になったときに呼んだとされるのがこの歌である。その後許されて京の都へと戻っている。
[ 決まり字 ]
6字
※ わたのはら こぎいでてみれば…の句と5文字目までが同じである。
[ 解説 ]
作者が隠岐へ流罪になるときに詠んだ歌である。隠岐とは現在の島根県の一部で、当時は配流地として有名であった。最終的には京に帰ることを許される作者であるが、この歌を詠んだとされるのはまさに流刑になるその時であるから、当然自分がいつ帰ってこれるかも分からない、あるいはもう帰って来られないかもしれないという状況の下である。あまの釣り船に伝言を頼んでも、当然伝わるわけはないのであるが、そうせずには居られなかった不安で心細い様子を、うまく織り込んだ作である。
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